i.schoolは芸術・デザインの創造性に貢献できるのか

今年度のi.schoolではデザイン枠を設けた。インド工科大学ハイデラバード校でのi.school ワークショップの時、参加していた美大の学生に聞いてみた。「i.schoolはデザイナーにとってプラスになるの?」、「i.schoolに来るようになってから自分の絵が変わりました。それで賞が取れているので、変わって良かったのだと思います。」それは良かったと胸をなで下ろしました。

フロー理論で有名なシカゴ大学のミハイ・チクセントミハイが、1年間を費やしてシカゴ美術館附属美術大学(the School of the Art Institute of Chicago)で芸術の創造性に関する研究を行っています。2つテーブルを使い、1つには27の異なる物品(ぶどうの房、帽子、古本など)を置き、意欲的な学生に「物品を3つ選び、もう一つのテーブルに自分の気に入るように並べ、絵を描いて下さい。物品を選ぶのと、絵を描くのに、どれだけ時間をかけても構いません。」と指示しました。

学生は2つのタイプに分かれました。1つ目のタイプは、数分で物品を選び、2~3分で全体の構図を決め、残りの時間を全て描画に費やしました。2つ目のタイプは物品の選択に悩み、5~10分をかけて27の物品をいろいろな方向から眺めた末に選んだ物品を描き出してから気が変わり、別の物品と取り換えました。20~30分かけて描いてから、新しいアイディアが生まれて絵が完全に変わるといった調子でした。1時間程このようなことを繰り返して、最後にアイディアがまとまり、5~10分程で絵を完成させました。

シカゴ美術館附属美術大学の教授5名がどの作品がより創造的かを評価したところ、後者のタイプの学生による作品の方がはるかに創造的であるという結果となりました。卒業後5年経ってから調べてみたところ、半数の学生は芸術を諦めていました。残りの半数、すなわち芸術家として成功したのは後者のタイプの学生達でした。

創造性の基となっている思考はアブダクションです。アブダクションとは、ある目的を果たす手段を発想する思考です。問題を解決する手段、すなわち問題解決策を発想する思考もアブダクションです。ある結果をもたらす原因を発想する思考もアブダクションです。原因から結果を導くのは演繹的推論で、それは論理的な思考です。結果をもたらす原因は論理的な思考によって導くことはできないため、試行錯誤を伴うのが一般的です。

芸術やデザインの課題も、イノベーション・ワークショップにおける課題も、問題解決に置き換えて考えることができます。問題解決には、問題の設定と解決策の発想の2つが必要ですが、芸術やデザインの課題や、イノベーション・ワークショップにおける課題は、問題自身が明確に設定されていない問題と言うことができます。シカゴ美術館附属美術大学の後者の学生は問題設定の部分に多くの時間を費やし、問題設定と解決策発想の間を行ったり来たりしたと理解できます。

全く同じ事がi.schoolのワークショップでも観察されています。アイディア発想の時間をどのように使っているかを 電子付箋ツールAPISNOTEの結果を使って調べたところ、新規性の高いアイディアを発想した学生は問題設定に多くの時間を費やし、問題設定と解決策発想の間を行ったり来たりしていました。一方、新規性の低いアイディアを発想した学生は時間をかけずに問題を設定し、後の時間は解決策の発想と精緻化に費やしていました。

芸術やデザインのとイノベーション・ワークショップとの間に発見された共通性は本質的なものだと思います。それは、i.schoolでの教育が芸術・デザインの創造性育成にもプラスになるということを示唆しているのではないでしょうか。

参考文献:
Sawyer, R. Keith. Explaining creativity: The science of human innovation. Oxford University Press, 2011.

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