創造のプロセス

creativity process
From Sawyer, R. Keith. Explaining creativity: The science of human innovation. Oxford University Press, 2011.

創造性に関する研究は1950年代から本格化した。中心的な役割を当初から果たしてきたのは認知心理学と人工知能研究である。60年にわたる研究を踏まえて認知心理学の研究者のコンセンサスの一つは、創造的なアイディアの創出には共通的なプロセスが存在するということである。

2000年頃から50年を超える創造性研究の成果をまとめた書籍が何冊も出版されている。”Explaining Creativity”(2nd Edition, 2012)はその中の一冊であるが、著者R.K. Sawyerが多くの研究者の間でコンセンサスの得られている事柄をまとめようとしている点に特徴がある。その書籍のなかで、これまでに報告されている創造のプロセスモデルを踏まえて8段階モデルを提示し、過去の9種類のモデルを表にまとめ比較している。結論としては、創造のプロセスの存在は認められ、人によって表現の違いはあっても提案されているモデルはほぼ同じものである。過去に提案されているモデルの中で最も古く、最も有名なWallasの4段階モデルを紹介しておこう。

社会学者、社会心理学者のG. Wallas は”The Art of Thought “(1926)の中で準備(preparation), 孵化(incubation), 暗示(intimation), ひらめき(illumination), and 検証(verification)から成る創造のプロセスモデルを提案した。暗示(intimation)を省略し、4段階モデルとして紹介されてきた。ひらめき(illumination)は洞察(insight)と呼ばれることが多い。(洞察という言葉は、 鋭い観察力で物事を見通すこと、という意味で一般的には用いられるが、心理学では新しい事態に直面したとき,過去の経験によるのではなく,課題と関連させて全体の状況を把握し直すことにより突然課題を解決すること、という意味で用いられる)

準備(preparation)では対象とする問題や課題に関する情報を収集、整理、分析し、状況に対する理解を深めるとともに、解決するべき問題や達成するべき目標を設定する。通常の方法に基づき解決策や実施策の立案を試みる作業も含まれる。この段階における思考は主に意識下で行われ、論理的思考、演繹的推論が支配的である。どうしても満足いく解決策や実施策が見つからず行き詰まる状況(impasse)でこの段階を終え、次の段階に移ることが多い。

孵化(incubation)では問題や課題を意識的に思考することから離れ、休息したり別の作業を行ったりしている。準備の最後に行き詰まり、どうしようもないために問題や課題から意識的に離れる場合も多い。この段階では、当該の問題や課題は意識に上がらないため、何が起こっているのか本人には特定することができない。

ひらめき(illumination)または洞察(insight)では、解決策や実施策が突然意識に上がってくる。どのように意識に上がってきたのか、本人にも分からないため、天啓と呼ばれることもあり、神秘性を伴って語られてきた。探し求めて見つからなかった解決策や実施案が突然手に入ったため、喜びの強い情動を伴うことが多く、アハ体験として語られてきた。

検証(verification)では、ひらめいた解決策や実施策が実際に問題を解決するのか、目標を達成するのかを確認する作業が行われる。準備の段階と同様に、この段階における思考は主に意識下で行われ、論理的思考、演繹的推論が支配的である。

この4段階モデルは、複雑で多様な創造のプロセスを大まかに表現したものであり、このモデルの通りに直線的に創造が生じるわけではない。行ったり来たりの繰り返しを伴うことが一般的であり、決定的なひらめきに至るまでに、アンドリュー・ワイルズ のフェルマーの最終定理の証明の様に、30年という長い年月を経ることも多い。

Sawyerは数多く提案された創造のプロセスに基づいて、問題発見、知識取得、関連情報収集、孵化、アイディア生成、アイディア組合せ、最良アイディアの選択、アイディアの外部化から成る8段階モデルを提案している。例えば、問題発見、知識取得、関連情報収集は準備を細分化したものであり、基本的には8段階モデルと4段階モデルは整合的である。

直観は、ひらめきや洞察と類似性が高い。準備や孵化を経ず、問題や課題が提示された直後にひらめくのが直観である。熟達研究の成果から、熟達性と準備・孵化の必要性の関係を論ずることができる。

科学的発見やひらめきのプロセスは、ここで紹介した創造のプロセスと整合的である。無意識下で進行する孵化の段階で何が起こっているのかを理解することが、創造のプロセスを解明するために最も重要である。

 

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